Clarkesworld 2022年6月号

Company Town by Aimee Ogden : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

カンパニー・タウン - エイミー・オグデン 5930語

 アマゾンめいた巨大企業に支配された都市(会話は「アレクサ」に監視され評価ポイントの「プライム」が流通している)の小さなアパートの一室に住む二人の女性キャスとマヤの物語。キャスは弁当工場で報われない労働をする一方で、マヤは「ポータル」を潜りヒロイックファンタジーの世界での戦いに没入する生活を続けている。キャスは同僚とストライキを計画するのだが……

 もはやお馴染みと化したブルシット・ジョブもの。ここでマヤが訪れる世界は仮想現実ではなく、何の説明もなく描写されている本物のファンタジーの世界で、物語として強烈な違和感があり、あえてやっているのだろうが手法として成功しているとは言い難い。最後に二つの世界は交差し、キャスは現実に真正面から向き合うのではなく幻想の武器をもって抵抗することになる。

 そして彼女はランチタイムのラッシュアワーに備えるためサラダにすぐにとりかかる。まずはガーデンサラダアイスバーグレタス、千切りされた人参、あらかじめスライスされた玉子、赤玉ねぎひとスライス、プラ袋に入ったクルトンーーすべてが生分解性のカートンに収められ、キャスのワークIDステッカーで留められる。もしこれほどもののペースで作業しなくてもいいのなら、きっと単調な作業に感じられただろう。耳の中で休憩のアラームが鳴り、彼女はびくっとする。時間が経つのに気付かずに四時間もぶっ続けでサラダを作り続けていたのだった――こうなるのはいいことだった。人生の真ん中に刻まれた轍が広がって退屈と疑問と悲しみを全て押しつぶしてしまう。そして悪いことでもあった。考える時間もなく、これがともかく「効率」ということなのだろう。

エイミー・オグデンはソフトウェアテスターと科学教師を経て、ノヴェラ”Sun-Daughters, Sea-Daughters”でデビュー、2021年のネビュラ賞にノミネートされている。

https://aimeeogdenwrites.wordpress.com/

 

Manjar dos Deuses by Anna Martino : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

神さまの食べ物 - アンナ・マルティーノ 3470語

 主人公は人々の記憶をタイムマシンで遡り、思い出の食べ物を再現する"タイムシェフ"のダニエル。貧しい家庭で育ち母親に放置され何かを作ってもらった記憶などない彼は、ホスピスにいる自らの母親のために、彼女自身の思い出の食べ物であるらしいプディングを作るのだが、母親はそれを受け付けようとしない。彼女の本当の望みを知るためにさらに記憶の奥底に潜った彼が見たものとは……

 神様の食べ物(Manjar dos Deuses)とはブラジルで広く食べられているココナッツとプラムのプディングのこと。親子の葛藤、タイムマシン、食べ物、それぞれに目新しさはないが、小奇麗にかっちり組み合わさっておりハートウォーミングでいい話だった。

 ひとさじ食べて何かが彼女の中で変わった、もうひとさじ、そしてまたひとさじ、またひとさじ、彼女は貪欲にもっと多くを求めてボウルをスプーンで引っかいた。食べれば食べるほど、息子と娘を見れば見るほど、彼女の目に映る二人の顔はもはや遠くて傲慢なものではなくなり、人間らしく、あまりに人間らしく、彼女の心に近づき、もしああしてさえいれば、してさえいればそうなっていたのにと思うものに近づいていった。「よくもこんなことが?」が「どうしてこんなことが?」に、そして「どうしてもっと早くしてくれなかったの?」に、「どうして私は言わなかったんだろう?」に、すべてが涙と腹痛に覆われるまで。彼女はボウルを投げ捨てていただろう、痛みを追い払うために悪態をつこうとしただろう――もし震えを、彼女にようやく訪れた切望の念をさえぎることさえできれば。

アンナ・マルティーノはブラジル人作家で2013年から英語とポルトガル語で創作を行っている。サンパウロ在住。

 

 

Inhuman Lovers by Chen Qian, translated by Carmen Yiling Yan : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

非人間的な恋人たち -陈茜 カルメン・イーリン・ヤン訳 11440語

(初出:所爱非人 银河边缘#7 2020/11)

 舞台は未来の泉州市。警官ソンとウーヤンは大富豪の女性ヤンから失踪した男性型秘書アンドロイド探しの仕事を個人的に請け負う。ヤンから話を聴取したソンは実は彼女もアンドロイドであることを見抜く。調査を続けていくうちにやがて過去アンドロイドが起こした大量殺人事件が浮かび上がり……

 サイバーパンクハードボイルドもの。これも目新しい点は特にないが、プロットはソリッドで、男女バディもののお約束をおさえており、楽しく読める。中国人作家はストーリーアークを重視している気がする(選者の好みかもしれないが)。話の根幹であるアンドロイドの不完全さが、ただ単純に技術的な未熟さとして片付けられてしまっている点がちょっと不満で、ここに新しいアイデアがあればうれしかった。

 シュイカイ通りはシートン港でも最大の売春街だ。半年に一度売春婦たちの健康診断書の結果をチェックするために署から人が送り込まれる。私も行ったことがあり、はっきりいって、そこはこの世の地獄だった。息をのむほど美しく精神遅滞の遺伝子改造された少女たちが列をなし、客を待ってガラスのショーウィンドウの向こうに並んでいる。
 彼女たちは健康で、多くの病気に対して抵抗を持った状態で生まれる。七十まで歳を取らない若い少女の顔のまま生き、それから老いはじめる。
 そして彼女たちは人間に痛みをもたらす質問を決して考えることなく、永遠に幸福なままだ。
 家賃を捻出するために毎日四苦八苦している自分に比べて、誰を憐れむべきなのかわからなかった。代わりにロボットを使えば――悪い考えではないと思われた。

 陈茜は北京生まれ、本業は考古学関連。

https://csfdb.scifi-wiki.com/people/70

 

Marsbodies by Adele Gardner : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

火星体 - アデル・ガードナー 5370語

 休眠状態の身体を軌道上の母船に置いたまま、意識のみを火星の探査ロボットにダウンロードして探査を行う二十人の宇宙飛行士たち。女性の主人公はもう一人の女性宇宙飛行士ジンに恋心を抱いている。やがてロボットにトラブルが発生し、一同はこのまま探査を続けるか意識を身体に戻すかの難しい決断を迫られる。

 お話の都合上とはいえもうちょっとフォールトトレラントなミッション設計になってないのかな……とずっと思ってしまって後半は入り込めなかった。前半のロボットの体を操作する感覚描写については素晴らしいのでそこは点数をあげたい。あと百合要素。

 七分間の恐怖がこれほど恐ろしく感じられたことはなかった。あるいは素晴らしく。私たちは高速降下し、耐熱シールドが唸りを上げる。私の火星体はハーネス固定されているにもかかわらずカプセルの中で地獄の音を立てながら絶え間なく振動した。超音速パラシュートが展開し9Gのショックが襲う。
 スケジュール通りに耐熱シールドが分離した。円盤はフリスビーのように舞い上がった。あばたに覆われた火星の砂丘が恐ろしいほどのスピードで大きくなっていく。(時速200マイルだ!)後部外殻が分離し、ロケットブレーキが点火されて私はパラシュートアレイの邪魔にならない側方に移動する。そしてスカイクレーンが地上二十メートルのところで私を止めた。

(火星探査船大気突入のディテールはこちらに詳しい

キュリオシティ「恐怖の7分間」の内幕 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

 アデル・ガードナーは詩と小説をアナログ、ストレンジホライズンズなどに発表している。クラリオン・ウェスト卒業生。

https://gardnercastle.com/AdeleGardner.htm

 

The Art of Navigating an Affair in a Time Rift by Nika Murphy : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

時の裂け目で逢引きをする方法 - ニカ・マーフィー 4880語

 オードラは夫のポールと娘のジェニーと平和な家庭を築いている。しかし彼女にはもう一人最近気になっている相手がいた。向かいに越してきた独身男のジョセフだ。微妙な三角関係は続くと思われた、彼女が複数の平行世界の間をランダムに移動してしまうということがなければ。火星へ、無限の富を手にできる世界へ、あるいはジョセフのいない世界へ、放浪する彼女が最後に迫られた決断とは……

 SF的な目新しさは全くない。ロマンス描写は及第点か。

 足を踏み入れると、裂け目は私の後ろで閉じて溶け去った。
 台所のテーブルの上には色鉛筆が転がっている。ジェニーは黄色い太陽にサングラスを描き足しながら舌を突き出している。
「いいね、ジェニー」私は彼女の頭のてっぺんにキスしながらそのにおいを吸い込んだ。家のにおいがする。
 ポールが入ってきて私にキスをする。
「新しいお隣さんが池を掘ってるのを見たかい?」ポールは頭を振る。「蚊のことを考えてみてよ!」
「ばんごはんにピザ食べていい?」ジェニーが尋ねる。
 何かがのどに詰まったが、それはまばたきするうちに数十億の記憶と共に消えてしまう。

ニカ・マーフィーはウクライナ生まれ、本作がプロデビューのよう。

https://mobile.twitter.com/nikawritesbooks

 

The Odyssey Problem by Chris Willrich : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

オデュッセウス問題 - クリス・ウィルリッチ 5770語

 謎の「部屋」にわけもわからず閉じ込められている主人公は、宇宙船オデュッセウス号のテンプル船長に救出される。船長によると「部屋」は一人の知性体を苦しめる代わりに文明全体にエネルギーを供給するための装置であるという。オデュッセウス号に乗り組んで旅をすることになった主人公は、はるかに進んだ技術力を持ち異なる倫理的基準を持つまた別の種族に遭遇し、さらなる倫理的問題に直面することになる。

 海外のレビューにもあったが、「オメラスから歩き去る人々」+『スター・トレック』な一作。倫理的相対主義の話なのだけど、何にまで知性を認めるかという話でしかなく、別に倫理のレイヤーそのものに切り込んだりはしていないのでちょっと期待外れだった。

 「どう言えばよいだろうか? この段階の文明は個々の実在としての数に囚われており、離散的な数というメタファーがその思考を導いている。知性体を完全に個体として考えているのだ。また知性を二分化された『ある』か『ない』かかとして考えている。すべての物質にごくわずかな意識があり、すべての生命にいくぶんかの意識があり、知性の量というのは連続体の上に位置づけられるのだ。植物から、シュレーディンガー宝石から、きみのような複雑な動物、そしてわれわれ〈分岐する道〉のような存在まで」

 クリス・ウィルリッチはワシントン州出身、シリコンバレー在住。アシモフス誌等に作品を発表している。

Summary Bibliography: Chris Willrich

 

We Built This City by Marie Vibbert : Clarkesworld Magazine – Science Fiction & Fantasy

都市を築いた人々 - マリー・ヴィバート 8510語

 人口過密と貧困にあえぐ金星の浮遊都市が舞台。ジュリアは都市を築いた第一世代である母親に尊敬の念を抱きながら、都市を覆うドームから腐食性の付着物を洗い落とす危険できつい仕事を行っている。ある日市の予算が減らされ、八人で行っていた作業を四人でさせられることになる。長時間労働に耐えかねたジュリアたちは職場を放棄するが……

 くしくも"Company Town"と同じテーマを扱っているが、読み味は全く対照的な一作。あちらでは現実からの逃避が描かれていたが、こちらの話では地に足の着いた英雄的で自己犠牲的な労働が抵抗のしるしとなる。人手不足が騒がれる昨今となっては人口過密テーマには懐かしさを感じるが、どちらにせよ労働市場の不全と言うテーマにはアクチュアリティがありまだ探求すべきジャンルだろう。

 そこで母親の姿が見えた。
 屋上の公園だ。二人が住んでいる場所よりは高級な区域。ジュリアは学校のクラブ活動の植物同定の課題のために一度行ったことがあった。屋上はプラカードを掲げる群衆でいっぱいだったので、ベッドに置かれた小さなカードは見えなった。
「整備は生」大きなプラカードの一つにはそうあった。また別のカードには「労働者に正義を」
 二人の旗を掲げ手を振っている二人の少女の姿には驚かされた。「私はロペスを支持する」
 もちろん、一番良かったのは美しくエレガントな書体で書かれた母親の持っているものだった。「私の娘は街で一番重要な仕事をしている」

 マリー・ヴィバートは八十以上の短篇をネイチャー、F&SF、アナログ等の雑誌に掲載している。デビュー長篇として2021年にGalactic Hellcatsを発表。

https://marievibbert.com/

 未来の労働をテーマとしたSFとしてはWiredで連載されていたFuture of Workという企画があり、ケン・リュウ、マーサ・ウェルズ。アリエット・ド・ボダールといった錚々たるメンツが執筆しているので機会があれば取り上げたい。